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案内された部屋に入って、中身のない”みかけ”だけのかばんを適当にベッドの上に置いた。
予約を入れた部屋に似合った大きさのベッドは無駄に広く、自分が今独りきりなのだという寂しさをつきつけられる。
「どうもありがとう」
ドア近くで客の様子を失礼のない程度に窺いながらアナウンサー顔負けの綺麗な発音と声量で説明してくれたボーイに、事前に用意しておいたチップを一般レートよりも多めに握らせながらいくつかの”願い”を訊いてもらう。
「かしこまりました」
ちらりと手の中のチップを確認した後、深々と頭を下げたボーイの笑顔を見て、自分が申し出たことはそれほど”無理”な願いではないのだと、安堵した。
「よろしくお願いします」
ボーイの笑顔を反射させた顔には、上手く事が通った安堵が浮かんでいた。
「その他に御用がございましたら、ご遠慮なくお申し出くださいませ。私は高島と申します。ご指名くだされば私がご案内させていただきます」
訓練が行き届いたボーイの無駄のないサービスに客である自分の方がやや緊張して受け答えた。
「それでは、失礼いたします」
「・・また、あとで」
ボーイが部屋から出ていくのを、見送った。
「さて・・と」
両手両足を伸ばして大の字に寝てもスペースを持て余すベッドを一睨みしてから、絶景の窓近くに置かれた、最近よく名前を聴くデザイナーの特徴あるライティングデスクの上へと視線を動かした。
きっとコレが”お洒落な”と形容するデジタル時計なのだと、納得しておく時計で時間を確認した。
そろそろ、ギルモア研究所へと送った花束が届いくころだ。
メッセージカードに書いた、シンプルかつ直接すぎただろう言葉が、目の前をサーキット場を駆け抜けるフォーミュラーカーのように走り抜けた。
ギルモア邸から都内の、今、自分がいるホテルまで約2時間と少し。
部屋に用意してもらうディナーは今夜、8時半。
チェックインを終えた、午後2時を過ぎたばかり。
今日に相応しいだけの不慣れなランクの部屋の中でただ待つだけの自分が、壁に取り付けられた鏡の中に立っている。
鏡の中の、自分にむかって苦く笑う。
「・・・さて、・・何をして待ってればいいかな?」
鏡から顔を逸らしてぐるりと高級な一室の中を眺めた。
ふと、ベッドサイドに置かれたヘッドチェストの上に並べられているプレートの一枚が目に入る。
そちらへと歩み寄り、手に取った。
銀の冷たい感触。
ドアにかけて使用するサインにしては、重く、文字のデザインも仰々しい。
”Do not disturb”
3回、頭の中で繰り返しながら、待ち人の顔と重ねてみる。
「・・・・フランソワーズ」
ーーー僕のドアにはもう、下げられていない言葉だよ。
サイレントモードにしている携帯電話が”着信有り”と、ベッドの上に置いたカバンの底で点滅していた。
end.
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